消費者機構日本(COJ)は、消費者被害の未然防止・拡大防止・集団的被害回復を進めます

お知らせ

期待はずれの消費者保護規制「金融商品取引法案」
~4月のニュースレターから

 今国会での成立が見込まれている「金融商品取引法案」の消費者保護についての問題点は何か。

 國學院大學法学部兼任講師の清水章子氏より特に「民事ルールの拡充と裁判外紛争解決制度等の法執行制度の充実が急務」であるとの指摘を戴いていますのでご紹介します。

「期待はずれの消費者保護規制『金融商品取引法案』」

國學院大學 法学部兼任講師 清 水 章 子

 金融商品にも欠陥商品(リスクのみでリターンが見込めないもの)や危険商品が多数あります。例えば、多数の消費者被害をもたらした融資付きの変額保険(後注1)は社会問題になりましたし、また、EB(債)、日経平均リンク債等の投機性が高いディリバティブ(金融派生商品)を組み込んだ金融商品や外国為替証拠金取引、商品先物取引、金融先物取引等でも元本割れの危険性はもとより、元本を上回る損失が発生する場合があり、多数の消費者被害が発生しています。

 欧米ではハイリスクのディリバティブ商品が消費者に販売されることはまずありません。日本では、1998年に制定された金融システム改革法(いわゆる金融ビッグバン)による規制緩和を契機として、それまでプロ投資家に販売されていたディリバティブを組み込んだ金融商品が一般消費者に勧誘・販売されるようになったのです。解禁後、ディリバティブ商品による消費者被害が多発しました。一方、消費者保護の方は、2000年にリスク説明義務違反について損害賠償額推定を規定した金融商品販売法が作られたほかは目立った動きがない状態で、現在でも消費者被害が放置されている場合が見受けられます。

 軟弱な消費者保護を充実させるために、(1)「保険や商品先物取引を含むあらゆる金融商品を隙間無く規制する」 (2)「適合性原則違反行為を禁止する」 (3)「ハイリスク商品を不招請勧誘の対象にする」 (4)「民事ルール(被害救済ルール)を拡充する」 (5)「裁判外紛争解決制度を充実させる」、そのための金融オンブズマン制度の導入等が強く期待されていました。この他、(6)「課徴金を国庫に入れず、被害救済に使う」 (7)証券取引等監視委員会の強化 (8)「プロ・アマ区分」の見直し(後注2)等が指摘されていました。

 消費者保護の観点から見れば、要は、「適合性原則違反」「悪質勧誘行為」を禁止行為として規定し、これによって被害を受けた消費者を民事ルールで救済すること、すなわち、民事責任を明確化して消費者保護の質を高めることが必要でした。

 しかし、今国会に提出された「金融商品取引法案」(以下、新法案)に消費者保護関連として新規に加えられた主な規制事項は、禁止行為関連として「虚偽説明の禁止」「不招請勧誘・再勧誘の禁止、勧誘を受ける意思の確認」(勧誘規制の対象となる金融商品は政令指定)及び金融商品販売法において、2000年の金融商品販売法制定時に多方面から指摘があった「取引の仕組み及び元本を上回る損害が生じるおそれ」を説明義務の対象にし、「断定的判断の提供の禁止」を加えた程度に過ぎません。

 今回の法案は、消費者保護の理念の欠如と言わざるを得ません。以下に新法案の主要な問題点をあげて見ました。

  1. 新法案の対象から、保険商品・預貯金(新法では投資性のあるもののみを対象)、商品先物取引等は除外されています。新法案の対象商品と資本市場で同じ経済的効果を持つ他の金融商品との間で規制の隙間、不統一、複雑化と言った弊害が生じることになります。
  2. 「適合性原則」は、消費者保護のための勧誘規制における中核概念であって、店頭販売やインターネットでの取引にも適用できるものですが、新法案では、「適合性原則」は証券取引法と同様に事業者の業務指針として規定されており、禁止行為としていません。このため、法の効果が疑問です。新法案では、「適合性原則」の一つに「投資目的」を加えたことを改善点としていますが、これは証券業協会の自主規制に以前から設けられていた項目で、法律の方があと追いです。
  3. 「民事ルール」の規定については、金融商品販売法に新たに「取引の仕組み及び元本を上回る損害が生じるおそれがあることについての説明義務を怠った場合」「断定的判断の提供」が損害賠償額の推定の対象として加わりましたが、「不招請勧誘」等の勧誘規定違反行為は金融商品販売法での損害賠償の対象となっていません。本来であれば、法令違反行為については民事効が発生するようなルールを規定すべきですが、それにはほど遠いと言わざるを得ません。また、法令違反があった場合でも。事故確認の届出をしなければ事業者は損害賠償をすることができない状態に変りなく、被害救済が難しい状態は変りません。
  4. 「裁判外紛争解決制度の充実」には、「認定消費者保護団体」の設置等が法案に盛り込まれましたが、英国のオンブズマン制度のように、あっせん委員の権限を明確にし、かつ、統一的な問題解決、被害救済が諮られるか、不明確です。

 今後、株価等の市場価格が下降すれば、様々な証券・金融被害が発生するであろうことは容易に想像できます。新法案に盛り込まれた「情報開示の徹底」「見せ玉への課徴金・刑罰」等の市場全体の健全化も重要ですが、他方、消費者保護に関する行為規制や法執行制度は未だ十分ではなく、新法案では消費者の保護は非常に危ういと言えましょう。

 上記の(1)~(8)の実現、中でも民事ルールの拡充と裁判外紛争解決制度等の法執行制度の充実が急務です。英国では、違法行為者に対する現状回復命令があります。英国・米国ともに、法令違反を犯した事業者に対する規制機関の法執行権限がきわめて充実しています。このような抜本的改革は次の金融サービス市場法の課題です。さらに、消費者の権利の拡充のため、金融商品取引法における「団体訴訟制度の創設」も重要な課題と言えましょう。

(後注1)米国では、SECが変額保険の投資的な性格から、変額保険を証券と定義し、証券諸法を適用した。米国では、証券の売買についての融資に関する規制があって、所有する株式の50%を超えて融資は行ってはならないとされている。このように、米国では、制度的にも自己資金のない人は変額保険を購入できない仕組みになっていた。日本で変額保険を販売する際に、こうした規制は導入されなかった。

(後注2)新法案では、アマ投資家の一部を特定投資家として扱うなどの問題があります。